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福岡地方裁判所飯塚支部 昭和40年(ヨ)23号 判決 1965年7月05日

申請人 万田徳男 外二名

被申請人 古河目尾労働組合

主文

被申請人が申請人らに対し昭和四〇年五月二五日付でなした権利停止三ケ年の懲罰を内容とする各裁定処分はいずれも本案判決確定に至るまで仮にその効力を停止する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、申請人の申立および主張

(申請の趣旨)

主文と同旨の判決を求める。

(申請の理由)

一、申請人らは、いずれも申請外古河鉱業株式会社目尾鉱業所の鉱員であり、同鉱業所の鉱員三七七名で組織された被申請人組合の組合員である。

二、申請人らの昭和四〇年五月二五日現在に於ける右組合における役職は次のとおりであつた。

(1) 万田徳男――代議員、代議員会議長、採炭部長、正統制委員

(2) 高田政行――代議員、保安技術部会長、正統制委員

(3) 松山茂喜――代議員、坑外部会総務

三、右組合員である申請外荒牧久男外十一名は昭和四〇年五月二〇日同人ら連名で同組合統制委員会委員長申請外橋本久満に対し申請人ら三名を懲罰に付することを求める提訴状を提示した。

四、よつて同組合統制委員会は昭和四〇年五月二五日審査の上申請人らに対し権利停止三ケ年の懲罰を内容とする裁定処分をなし右裁定書は同日申請人らに送達された。しかし右裁定処分は次項以下に述べる理由により無効である。

五、同組合の統制規定(以下たんに「規程」という)第一二条によれば、統制委員会は代議員会で選出された統制委員五名で構成され、これと同数の副委員を置き、正委員に事故あるときにその任務を代行することになつているが、申請人万田と同高田はいずれも正統制委員であるから第一回統制委員会において事件関係者として規程第一六条により除斥されることが明らかとなるまでは統制委員会の審議に参加する権限を有するはずであるにもかゝわらず、右両名ははじめから統制委員会に招集されなかつた。

また、右統制委員会には右申請人二名の任務を代行するため、二名の副統制委員が審議に参加しているが、当時三名いた副委員の中から右の二名が、いつ、いかなる機関の、いかなる手続によつて選出されたものであるか全く不明である。すなわち副委員のうち誰が正委員の任務を代行するかについては明文の規定がないので、組合規約第六〇条により代議員会のみがその代行順位を決定する権限を有するものと解せられるがこの点について代議員会はなんら議決をしていない。よつて、右二名の副委員は正委員の任務を代行する権限がなく、従つて、右統制委員会は規程第一二条に定められた構成がなされておらず従つて同委員会の本件裁定処分は無効である。

六、規程第二一条によれば、統制委員会は必要に応じて被査問人もしくは関係者に出席を求めて事情を聴取しまたは資料の提出を請求することができることになつているが、同第二二条では証人の要請があつたときは三名の限度でこれに応じなければならないとなつているので、右の「必要に応じて」とあるのは、少くとも被査問人に関する限り「必ず」出席を求めなければならないものと解すべきであるにもかかわらず、右統制委員会は申請人らに対しなんら出席を求めることもなく、提訴理由も知らせず、弁解反証提出等の弁護の機会を全く与えないまま本件裁定処分をなしたものであるから、右裁定処分は手続的に違法な処分である。

七、また、裁定書によれば「この裁定の決定は昭和四〇年五月二五日より効力を発する」と記載されているが、これは規程第三三条により懲罰処分の発効日を決定したものであつて、これは裁定した日と同一であり、即時に前記裁定の効力を発生せしめる趣旨と解せられる。しかしながら規程第二五条以下の再審に関する諸規定によれば、裁定は七日以内に再審の申立がない場合に確定し、再審の申立がなされた場合には代議員会において再審の必要の有無を審議し、必要があれば統制委員会において再審理をなし、必要がなければ代議員会の議決によつて裁定は確定する旨規定されているので、裁定が即時に確定することはないのみならず申請人らは規程第二五条に基き、この裁定処分が前述のような手続上の違法があり無効であるとして昭和四〇年五月二九日執行委員長に対し再審の申立をなし、執行委員長は規程第二六条により次回の代議員会にその再審の必要の有無を提案したが、その代議員会はこれについて何ら決議することなく流会した。従つて、その再審についての審議は続行中とみるべきであるから、本件裁定処分はまだ確定していないものと解せられるので裁定の効力を即時に発生させるために裁定日と同一の日を裁定の発効日ときめた右裁定処分は前記各条項に違反し無効である。

八、以上の各理由により本件裁定処分は無効であるから申請人らは被申請人に対し本案訴訟を提起するため準備中であるが右裁定処分が一応統制委員会の議決として形式的に存在する以上申請人らは事実上組合員としての権利行使を妨げられ、さし当つて、昭和四〇年六月以降に行われる予定の組合員選挙における選挙権、被選挙権の行使ができず、また組合大会その他の会合が開催された場合にも組合員として右会合における発言権や議決権を行使できなくなるおそれがある。そのために申請人らが受ける不利益、苦痛は甚大であり、事後において償うことのできないものであるから、緊急に右懲罰処分の効力を停止する必要がある。

よつて本申請に及ぶものである。

第二、被申請人の答弁

申請の趣旨および理由はすべてこれを認める。

理由

昭和四〇年五月二五日被申請人組合の統制委員会において申請人らに対し権利停止三ケ年の懲罰を内容とする裁定処分がなされ、該裁定書が同日申請人らに送達されたこと、右統制委員会は前記裁定処分をなすにあたり、申請人ら三名に対し、提訴の内容を知らせず、右委員会に出席を求めてこれに対する弁解、反論の機会を与えるような手続もとらないまま本件懲罰処分を決定したことは当事者間に争いがない。

ところで権利停止の懲罰処分は規程第九条第二号、組合規約第二九条によれば、僅かに、「待遇を平等に受ける権利」を除き組合員たる権利の一切を一定期間剥奪する処分でありこれによつて停止を受ける権利には、選挙権、被選挙権、大会の発言権、議決権、統制処分に対し代議員会または統制委員会に弁訴、控訴する権利、役員、代議員の言動を批判する権利、会計帳簿を閲覧する権利など組合員としての基本的な権利はすべて含まれており、これを剥奪する処分は組合員にとつては除名につぐ極めて重大な処分というべきであり、また、本件処分ではその期間も規程に定められた最高の三年間となつているのであるから、このような重大な懲罰処分をなすに当つては、仮りに明文の規定がなく、文理解釈上疑義があるとしても、当然その処分を受ける申請人らの出席を求めたうえ、提訴の内容を告知して十分に弁解させ、弁護の機会を与えたうえで慎重に決定すべきものであると解せられる。このことは規程第二二条によれば統制委員会は証人の要請があればこれに応ずることを義務づけられているのであるが、提訴がなされた事実すら知らない被査問人が証人を要請して自己を弁護することはありえないので、右条項から類推しても統制委員会としてはすくなくとも被査問人に提訴の内容を告知して弁護の機会を与えるべきものと考えられる。しかるに本件懲罰処分をなすに当つては右委員会は申請人らに対し何ら弁解の機会も与えなかつたばかりでなく、事前に提訴理由すらも知らせず、抜打ち的に懲罰処分を決定したものであるからその手続に著しい違法があるものといわなければならない。従つて右のような著しい違法な手続を前提としてなされた本件懲罰処分は、その余の点を判断するまでもなく無効であると解するが相当である。

次に、本件懲罰処分のため事実上、申請人らがさし迫つた役員選挙において選挙権、被選挙権を行使することができず、あるいは組合大会等において発言権や議決権の行使を妨げられるおそれがあることは当事者間に争いがなく、右事実によればそれらの権利が組合員としての基本的な権利であるだけに、それによつて申請人らの受ける不利益、苦痛は甚大であり、事後において償うことのできないものであると解されるので、緊急に仮処分により右懲罰処分の効力を停止する必要がある。

以上のとおり、申請人らの本件申請は理由があると認められるので、これを認容し、申請費用については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新穂豊 藤島利行 綱脇和久)

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